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真我瞑想「認識の5つの段階」


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こんにちは、佐藤康行です。

本日は、「真我瞑想 【理論編】 真実の認識と行動 認識の五つの段階」です。

 第一の段階は「知る」という段階です。

 この段階には、一般に知識と呼ばれるものが対応しています。
自然科学における認識が、その典型です。現象を測定して得られたデータを解析して、そこから一定の認識を構築します。

このように自然科学者や専門家が所定の手続きを踏んで獲得し、学校教育等で伝達されるのが、「知る」段階の認識です。

「知る」という認識には、長所と短所があります。長所は誠実であるということです。自分が分かっていないことは認めないからです。短所は、分からないことに対して無力であるということです。分かる範囲にしか目を向けず、視野が制限されています。

認識における第二の段階は「信じる」という段階です。

 信じるものは救われるという言葉がありますが、宗教における信仰はこれに当たります。人間関係における信頼もそうです。

「信じる」段階にも、長所と短所があります。長所は早いということ、短所は全くの虚偽、間違いを真実であると認識してしまう危険性が高いということです。宗教的カルト集団に入って、指導者の指示で重大な罪を犯す人々も存在します。

 第三の段階は「見える」という段階です。この段階では、「知る」段階のように分析などによる内容の構成を経ずに、直接的に認識します。つまり物事を直観します。また、この段階では明らかな誤りを真実と捉える可能性はありません。

「見える」という段階には、三つの種類があります。一つめは肉眼、二つめは心の眼、心眼、三つめは真実を見抜く眼、真眼です。

 肉眼は、物理的な世界を捉えます。
 心眼は、他人の心を読み取る眼です。自分の心によって他人の心を見るのです。
 真眼は、真実を見る眼です。それは、自分の内にある本当の自分、真我によって、真実を捉えるということです。この真眼は、認識の最終段階、第五段階「在る」において本当の意味で完成します。

明日は、「認識の5つの段階」第4の段階、第5の段階についてお伝えいたします。


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2012-11-21(Wed)
 
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