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真我瞑想により認識される真実とは


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こんにちは、佐藤康行です。


本日は、「真我瞑想により認識される真実とは」です。

では、真我瞑想により認識される真実とは、得られる悟りとは、どのようなものなのでしょうか。
 その内容は、大きく分けて二つです。
 一つ目は、「無い」という真実、二つ目は、「在る」という真実です。
 二つの真実を認識することが、座って行う真我瞑想の目的であり、続く行動実践の基礎になります。
 ここでの真実の認識は、観念的な理解にとどまるものではありません。それは、その真実がまさに腑に落ちたという状態を示しています。真実を、単に話として理解するのではなく、それを「本当にそうだなあ」と納得し、実感するところまで到達してはじめて、真実を認識したと言えるのです。
 古代ギリシアの哲学者、ヘラクレイトスは、「博識は分別を教えない」という言葉を残しています。どれほど知識を得ても、ものの道理が分かるようにならないということです。
 私は、これを知識と意識の違いとしてとらえています。
 知識と意識は違います。知識は情報であり、意識は情報を解釈する視点です。情報を蓄えても、その情報を眺める視点は変わりません。知識を増やすことと、意識のレヴェルを上げることはまったく異質なことなのです。
 真実を認識する条件は、ある一定の知識を身につけることではなく、意識レヴェルを上げることです。
 意識

知識はインプットによって蓄積されます。
意識はアウトプットをとおして変容します。
 では、これら三つの真実を、それぞれ詳細に見ていきましょう。


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2012-11-24(Sat)
 
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